トップページ武田倫子の 「行った・見た・聴いた」指揮者アーノンクール氏との想い出2/2

指揮者アーノンクール氏との想い出2/2

 前回に続き、アーノンクール氏に<モーツァルトイヤー>についてと、2005年度に<京都賞>のため来日された時の、日本での印象を語って頂いた。

 「本年度のモーツァルトの年、という事に於いては、ある意味では危険です。私はモーツァルトが商業的ペースによって動かされる事を好みません。まず、第一に音楽を中心に据えて、これを機に,むしろ私達は更にモーツァルトを深く学ぶべきではないでしょうか。私が表現したいのは<モーツァルトの中のモーツァルト>とも言うべき、その『元素』になるべきものです。彼が何を言いたかったかを常に研究している訳ですから。そう、それはちょうど通訳のようなものです。私のしている事は、モーツァルトの言葉を、現代の人に通訳しているようなもので、容易な事ではありません。」

 「京都の秋は、木々のたたずまいが美しく、それを醸し出した日本の自然界の偉大なスピリットが感じられました。私は26年前にも一度日本に行っておりますが、けれどその頃の人々とは違ってしまったように思われたのです。それは、ここヨーロッパでも同様ですが、人間は以前よりも営利のためだけに働き、残念ながらより現実的になって来てしまった事です。ただ、日本古来の芸術は不変で、素晴らしかったですね。特に『能」には深い感銘を受け、その音楽に登場している木製の様々な楽器にも、大変興味を覚えていました。ファンタスティックです!。」

 モーニカ・メルトル著「未踏の領域への探求者」の中には、夫妻の生涯のドラマが織り込まれているが、ヴァイオリニストであり、マネージャー役も兼ねている御夫人のアリスさんにもコメントさせて頂いた。

 「そうですね。私はいつもよく働いていたものです。たいてい一日は朝6時から始まり、家事・子どもたちの世話や、主人との仕事の諸々の事など、数え切れない程。今思えば、本当に沢山の事をやって来た訳ですが、けれど私はすべてを《喜んで》やっていた事だったのです。私にはヴァイオリンがありましたから、生活の中でそれを弾く事が最大の喜びでした。音楽が私を支え、助けてくれましたね。また家庭があったからこそ、色々な事も乗りj越えられたとも言えるのです。」

 淡々と語るアリスさんの、シンプルで根のある生き方には、ご主人との深い信頼関係が思われた。この後この年の11月に、ご夫妻は来日されたが、その時にはどのような感想を持たれただろうか。

2006年11月たけだのりこ

 あくる年2007年6月アーノンクール氏自らが主宰する、グラーツ音楽祭で、同氏の指揮による、ベートーヴェンの「第五交響曲」を聴いた。地元のせいか、もう思いっきり指揮しているように思えた。こんなに若々しく刺激的な「運命」は聴いた事がなかった。不自由な耳でも、ベートーヴェン本人が聴いたら、びっくりしたかもしれない。当時としては、(どのように演奏されたのかはわからないけれど)これは大胆な前衛音楽だったのでは、と心に喰い込んで来た。

 若い時には苦労されたアーノンクール氏だけれど、とみに、ここ何年かの1回1回、音楽に賭ける燃焼にはすごいものがある。氏に引き出される音楽だけでなく、この『信念の人』の生きる姿勢には感動させられる。歳を重ねる度に、音楽が進化して行っている。−人間はこのように生きて年輪を増やし続け、夕映えのようにその光を放つ事が出来る−。1人の人間としての生き方に深い感銘を与えて頂いた。

「指揮者アーノンクール氏との想い出」その1・その2は、2006年6月号の『家庭画報』に掲載した文章を加筆・訂正したものです。