トップページウィーン市内の散策ウィーン旧市街地の徒歩観光カフェーモーツアルトとティロラーホーフ

1998/07/01

ウィーン旧市街地の観光2/5:オペラ座からシュテファン

関連項目:
1/5:ザッハーホテルとザッハートルテ
3/5:ロプコヴィッツ宮殿とカプチーナーグルフト
4/5:シュヴァルツェンベルク宮殿と皇帝賛歌
5/5:ケルンテン通りとシュトック・イム・アイゼン広場

ベートーヴェン第九初演の劇場

ケルンテン通り入口からザッハーホテル前を通過し、角を右に曲がるとCカフェー・モーツアルト(独)があります。元々このあたりには1869年に現在の国立歌劇場(旧宮廷歌劇場)がオープンするまでケルンテン門劇場入口があったそうです。前述の通りベートーヴェンの第九交響曲が初演されたのはこの劇場です。

前ページで紹介したケルンテン通り入口にあったケルンテン門は、16世紀半ばにここにオープンした新ケルンテン門に対して旧ケルンテン門と呼ばれてました。その様子はフィガロハウス(取消線2006.1.27)モーツアルト記念館(独/英)ウィーン市立歴史博物館(独)に行けば城壁に囲まれたウィーンの詳細な版画で確認できるでしょう。

ウィーンの旧市街地内には、かつて「木炭市場」「新市場(13世紀に新しく開かれた粉市場)」「肉市場」など様々な市場があり、通りや広場の名前に残されてます。この新ケルンテン門の前には、1675年にアウグスチン教会脇から移された豚市場があったそうです。この豚市場は悪臭と騒音被害のため、当時の城壁にあった7(または8)つの城門のうちの一つであったシュトゥーベン門に移されてゆくことになります。

カフェー・モーツアルト

ティロラーホーフ また、ここには1896年からモーツアルト像がありました。王宮庭園にある現在のモーツアルト像はカフェーモーツアルト前にあったオリジナル像が二次大戦で壊されたことから1953年に再現されたものです。

ホテル・ザッハー横のカフェー・モーツアルトは、そのモーツアルト像のすぐ後ろにあったことから名付けられたカフェでした。

二次対戦の敗戦直後ウィーンで撮影された映画「第三の男」によって有名になったカフェーモーツアルトは、15年くらい前に日本のデパートがきれいに改装し、しばらく使ったものを現地のカフェー・ラントマンが買いとったものです。楽友協会の黄金のホールの美しい金箔も日本の企業のお金で蘇ったことはほとんど知られてませんが、誇り高き日本人と日本国が世界の文化に貢献してきた証です。

このあたりはウィーンでも特に空襲の被害が大きかったあたりで、カフェー・モーツアルトの前にあった大きな三角形の建物は、2次大戦の空襲で壊され、今は三角形の広場になってます。この広場にはその建物で命を落した人々の慰霊碑があり、地中に多くの人が埋まるという、ユダヤ人彫刻家のショッキングな彫刻群です。

さて、そこからノイアーマルクト方向に移動しましょう。三角形の広場を左に見ながら通過すると、広場の終わり左の角にDカフェー・ティロラーホーフ(独)があります。今でも古きよき時代のカフェー文化を留めることから、ウィーン文化局から称えられ、その記念盤が入口左の壁に張られています。

カフェー・ティロラーホーフの中に一歩入れば、そこは帝政時代からの空気が漂い、古いながらも昔を留めるウィーンのカフェーを見ることができるでしょう。コート掛け、テーブル、椅子、窓、ケーキワゴン、ウェイター、そして何よりも、止まって動かないカフェー客、かつてタバコの煙が店内に漂っていたのも、江戸時代終わり頃のメッテルニヒ時代に路上での喫煙が禁止されて以来の伝統でした。

1997年に出版されたウィーン観光詳細ガイドブック(絶版)のために1995年に執筆した文章を公開
高崎守弘

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